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『琥珀のまたたき』 小川 洋子

4062196654琥珀のまたたき
小川 洋子
講談社 2015-09-10

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「今日を限り、前の名前は忘れましょうね」

厳しい表情でママが言ったのは、それまで住んでいた家を引き払い、昔パパが使っていた別荘へ引っ越した時だった。
4人きょうだいの末妹は、野良犬に頬を舐められた翌日から熱を出し、あっという間に死んでしまった。
お医者さんには肺炎だと言われたが、ママは魔犬のせいだと決めつけた。
ママは野良犬を蹴り殺し、残った三人を守るため、引越して禁止事項を定めたのだ。
塀の外に出てはいけない、話し声は囁くように、前の名前を一度でも口にしたら、頬っぺたを内側から茨の棘が刺すことになる。
新しい名前はパパが残した『こども理科図巻』の中から選ばれた。
姉はオパール、二番目の子は琥珀、末っ子は瑪瑙と。
ママは子供たちの服を飾り立てる。
オパールのブラウスには羽根を縫い付け、頭にはフェルトの王冠を。
琥珀にはカーテンを割いて作った尻尾、幼い瑪瑙の尻尾は毛糸玉、ビニール紐で作ったたてがみ。
三人は、パパの書斎の図鑑で学び、壊れたオルガンに合わせて小声で歌い、互いの空白を埋めるように寄り添って眠った。
塀の中に来たとき十一歳だったオパールは、弟たちに外の世界の物語を聞かせる。
瑪瑙は囁く声でいくらでも歌うことができた。
琥珀は、徐々に変質していく左目のまたたきの中に、魔犬に奪われた末妹の姿を見る。
彼は図鑑の余白に、1ページ1ページその姿を写し取っていく。



子どもたちの目線で語られると、その暮らしはおとぎ話のようだが、塀の外側から見ると、ひどくグロテスクな世界。
狂気に育まれる無垢とでもいおうか。
外界との接触を絶たれた精神が、それでも成長を止めないでいるさまは、力強く、獰猛でさえある。
矯められた樹木の根っこが地べたを割って伸びていく激烈さが、人の中にもある、のか。
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『コクーン』 葉真中 顕

4334911242コクーン
葉真中 顕
光文社 2016-10-18

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1ファクトリー――2010
アダルトグッズ工場で夜勤をこなす木村真弓は、体力の限界を感じていた。
同じ姿勢が続く立ち仕事は、深刻な神経痛をもたらす。
パートという立場に将来の不安を感じていたところ、同僚の中国人の楊さんに新しい仕事を紹介される。
ある病院の看護助手の仕事で、給料も雇用形態も申し分ない。
半信半疑で面接を受けると、すぐに採用となった。
主な仕事は入院患者の介護だが、食事はすべてゼリー食のため、介助の必要はなく、他には点滴の更新、清拭、おむつ交換くらい。
見舞客は誰一人訪れず、亡くなった患者の遺体は、保冷庫に重なり合って保管される。
そこはホームレスを預かる行路病院だったのだ。
仕事は楽だが、疲労は積み重なっていく。
ある日新たに入院してきた患者の名前を見て、真弓は驚く。
卯藤カナ―――カルト教団『シンラ智慧の会の教祖、天堂光翅の母親だったのだ。
十五年前、白装束に身を包んだ6人のシンラ信者が、丸の内で無差別乱射事件を起こした。
その事件の犠牲者の一人が、真弓の五歳の息子・一也だったのだ。
息子を殺した男の母親が、ホームレスとなり、自分の目の前に横たわっている。
真弓は唐突な怒りを覚え、卯藤カナの細い首に手を伸ばした・・・。

2シークレットベース――2011
月島の行路病院で目覚めた三枝宏道は、ベッドを抜け出し、新幹線で宮城に向かう。
ネットで知り合った人たちと自殺を決行するためだ。
道すがら思い出すのは、小学生のころ転校してきたマンザイのことだ。
西の言葉をしゃべり、自分と同じように父親がおらず、インバイノコと迫害されていた友達。
俺たちはあの頃、一緒に人殺しの計画を練ったのだった。

3サブマージド――2012
「野々口勲さんのご家族の方でしょうか」
八年前に別れたきり、行方の知れなかった兄の遺体が見つかったと、奈都のもとに警察から連絡が入った。
一年前の震災のおりに、津波に呑まれた車内から、死蝋化した状態で発見されたのだと言う。
丸の内で無差別乱射事件を起こしたシンラの信者だった兄。
乱射事件には関与していなかったが、修行中に死亡した女性をミキサーで粉砕し、遺棄した容疑で逮捕された。
マスコミに追われ、両親は無理心中、姉は離縁され、残された家族は引っ越しを余儀なくされた。
兄の遺体を引き取るため、姉の反対を押し切って、奈都は宮城に向かう。
孤独だったらしい兄のアパートで、遺品整理をして見つけたのは、PCにブックマークされた姉が運営するNPO法人のサイト。
それから、他人名義のキャッシュカード三枚と、どこのものかわからない鍵三本。
それらが意味するものは・・・。

4パラダイス・ロスト――2013
幼い日、迷子になって泣いていた少年に、当時は珍しかった洋菓子を与えてくれた通りすがりの妊婦がいた。
その味は、少年にとって忘れがたいものとなった。
少年は成長し、菓子職人になるため、熊本から家出同然で上京した。
洋菓子店で研鑽を積み、恋をして、家族を持ち、仕事もうまくいっていた。
妻が自然食品の店に通いつめ始めるまでは。
その店は、新興宗教シンラの運営する勧誘窓口になっていたのだ。



以下、ネタバレ感想。



1995年3月20日宗教団体による無差別乱射事件――某宗教団体のテロ事件を想起させるが、現実の事件よりも悲愴感が足りねぇ、と思っていたら、ラストに向けての仕掛けだったらしい。
新興宗教に満州、行路病院、東日本大震災とあれこれつまみ食いしつつの連作集(といっていいのかどうか)が、落としどころを間違ったような。
いきなりそんなメタな構造を押し付けられても・・・というのが正直な感想。

『仮釈放』 吉村 昭

4101117292仮釈放 (新潮文庫)
吉村 昭
新潮社 1991-11-28

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高校教師の菊谷は、不貞を働いた妻を刺殺し、相手の男の家に火を放ち、老婆を焼死させた。
無期刑という判決をうけはしたが、自分のとった行為には必然性があり、悔いはない、と考えていた。
服役を不当に感じ、投げやりになっていたが、八年ほど経過した頃、心境に変化が生じた。
塀の外の自由な生活を意識しはじめ、仮釈放を期待し、受刑者規則を忠実に守ることを自分に課した。
国語教師であった菊谷は、印刷工場の校正を担当し、熱心に行った。
累進処遇によって昇進し、独居房を使うことを許されるほどになっていた。
そして判決から十六年後、念願の仮釈放を果たす。
まずは貨幣価値の変化に面喰い、行動規則も指図する者もいない時間に戸惑い、保護司を親のように頼りにしていたが、住まいを得、仕事に就き、徐々に社会復帰を果たしていく。
今もって殺した妻への懺悔の気持ちはなく、やむを得ないことであったという考えが消えることはなかったが、保護司の前で真情を吐露することはなかった。
更生はなったと判断され、伴侶として女性を紹介された菊谷は、新たな結婚生活を始める。
妻となった豊子は、菊谷の過去については承知していたが、無期刑の者は生涯保護観察が解かれることがないとは知らなかった。
恩赦を受けるために、被害者への謝意を示すことを促すのだが・・・


数々の作品を生み出すために、吉村氏は受刑者や保護司への取材を重ねてこられたはずだ。
本作はフィクションであり、特定の個人をモデルに描いたものではないが、罪を犯した者たちの中に見え隠れする人間の業を小説として昇華させたものではないだろうか。
菊谷は社会的役割を果たすことに疑問を感じない人生を送ってきており、服役中にも模範囚たりえた。
妻の不貞を目の当たりにしなければ、犯罪者になることはなかったように思う。
平穏だった人生を唐突に破壊したのは妻の方で、そのような妻は当然排除すべき存在だった。
回想される殺人の場面で、菊谷は冷静に、職人仕事のように庖丁をふるう。
視界を朱に染めながらも、激情や興奮はそこにはない。
独善的な正義を執行する男がただそこにいたというだけ。
目に見えて凶悪な人間が殺人者になるわけではない。
“その時”になってみなければ、人が殺人者たリえるかどうかは分からないとさえ思えてくる。
ただ、そういう人間は存在する、という現実だけが提示された。
そして、人間の本質は変わらない。
菊谷の保護司への態度は、甘えと媚びであり、そこに卑しさを見た気がした。

『綴られる愛人』 井上 荒野

4087710122綴られる愛人
井上 荒野
集英社 2016-10-05

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児童文学作家の天谷柚は、編集者である夫・真哉にすべてを管理されている。
与えられたプロットに従って作品を書き、夫の好む服装や髪形によって、人気作家を演じている。
囚われたような生活に倦んでいた柚は、「綴り人の会」という文通コミュニティに密かに登録した。
ペンネームを使い、年齢を偽って。

大学三年ともなれば、周りは就活でざわつき始める。
その波に乗れない森航大は、恋人にも愛想をつかされ、サークルの仲間とも距離を感じ始めていた。
何気なく手に取った「綴り人の会」の会報をめくっているうちに、凛子という女性の意味深な紹介文に惹かれ、手紙を書き始める。
21歳の大学生としてではなく、35歳の貿易会社に勤めるエリートサラリーマンとして。

凛子という28歳の専業主婦として「綴り人の会」に参加した柚は、クモオと名乗る35歳のサラリーマンを文通相手に選ぶ。
夫の暴力に晒されている女を演じ、クモオの関心をひき、徐々に支配していく。
会いたい、けれど夫の支配下にある限り、会うことは叶わない。
空手が趣味だというクモオに、凛子は「あなたの空手で、人は殺せる?」と尋ねる。


以下、内容に触れます。


泥沼化していく関係は、傍から見れば愚かしく、なんか盛り上がってるなーという感じ。
手紙の内容が幼稚なのは演出なのかと思いきや、物語そのものも生ぬるい。
夢は覚めるもの。
現実へお帰りなさい。
目が覚めたとたんに、自分に都合のいい理屈をつけて日常に戻ろうなんて、なんてお幸せな人たちなんでしょう。

そもそも、なぜSNSではなく、文通でなければならなかったのか。
面識のない人物との言葉のやり取りで、奇妙な興奮を覚えるのは、メールも同じだろう。
対話にタイムラグが生じるのはともかく、交換する情報量は、そう変わらない。
メールの方が無駄な文字が多いというだけ。
筆跡や便箋が、フォントや絵文字以上に深い意味を備えているとは思えない。
どちらも嘘をつき、演じることを容易にするツールだ。
“文通”の持つノスタルジックな語感に、ファッション性でも見い出したか。

『死のドレスを花婿に』 ピエール ルメートル

4167903563死のドレスを花婿に (文春文庫)
ピエール ルメートル Pierre Lemaitre
文藝春秋 2015-04-10

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頻繁に物を失くす、買った覚えのない物がレジ袋に入っている、駐車したはずの場所に車が見つからない、大事な仕事のデータを消してしまう、夫の母親の誕生日プレゼントを仕舞った場所が分からない。
記憶障害を疑ったソフィーは、事細かに日々の出来事をメモに残すようにしたが、そのメモすらも失くしてしまう。
ある晩、夫の母親を階段から突き落として殺す夢を見た。
その夜、夫の父親から、義母が階段から転落死したという連絡を受け、ソフィーは取り乱す。
猥褻画像が流出したため、仕事を辞めざるを得なくなり、田舎に引越すが異常な現象は起こり続ける。
そんな中、夫が交通事故で障がい者となり、介護に疲れ果て、施設に預けたとたんに事故死する。
夫を亡くし、流産し、独りになったソフィーはベビーシッターとして働き始める。
レオは愛らしい少年だった。二人は気が合った。
しかし徐々に精神の均衡を失いつつあったソフィーは、些細なことでレオの頬を叩いてしまう。
翌朝、部屋から出てこないレオの様子を見に行くと、少年は無残な遺体となっていた。
少年の首にはソフィーの靴紐が。
そうして、彼女の人生は完全に壊れてしまった。
ソフィーの逃亡生活が始まった。


四部構成。
『ソフィー』ではソフィー視点の逃亡生活。
『フランツ』はフランツの日記形式。
『フランツとソフィー』では病み衰えていくソフィーの様子。
『ソフィーとフランツ』では時系列が重なりながら、ソフィー側から描かれる。
ちょうど4コマ漫画くらいの内容量。
物足りない。もっと面白くできたはず。
その可能性がのちに『その女アレックス』で昇華され、『傷だらけのカミーユ』で変質したのだろうか。


以下ネタばれ。


知らないうちに殺人を犯してしまう――あらすじを読んだ時点で、イロイロ察しがつきそうなものだが、第二部で驚くうぶな読者も存外多いようす。
手段はともかく、一服盛られて寝てるうちに仕組まれてる、くらいは想像がつきそうなものだが。
ともあれ、それだけの単純な話であるわけがない。きっと裏がある。
そう思い込み、フランツの出生についてイロイロ妄想しながら、読み進めた私である。
フランツは、ソフィーの母親が離婚後に産んだ弟で、姉弟で結婚して、子供もできてしまう、とか。
大ハズレだったけどネ!
フランス人はそんな韓国映画みたいな、えげつないことは思いつかないらしい。
ただ、やたら他人の家に忍びこんでもバレないとか、薬が都合のよい効き方をするとか、いささか突拍子もない話し運びは、韓国映画と遜色ないが。
対象がアルコールを摂るかもわからないのに、眠剤を盛るとか、博打すぎる。
ちなみにフルニトラゼパムはあまりにもアレなので、飲み物等に混入されないようし、着色するようになったのは、日本ではここ最近のこと。(ただしブルーハワイに混入されたら分からないと思われ)
ヨーロッパではその辺、どうなのだろう。

さて、先に述べたとおり、全体の構成は実に単純。
記憶障害の起こる薬を盛られる→殺人を犯したと勘違い→逃亡生活のために結婚→真犯人に仕返し
やはりもうひとひねり欲しいところ。
例えばファストフード店の店長ダヴィッドについては、ソフィー自身が手を下していたとしたらどうだろう。
ソフィー視点で綴られる第一部を検証してみると、
レオの頬を叩いたのは事実らしいが、死体に気がつくのは、翌朝、目覚めてから。
ヴェロニックの部屋から金を盗んだのは事実らしいが、ワインを飲んで気を失ってから、目覚めると死体が転がっていた。
どちらも寝ているうちに、死体になっている。
ところがダヴィッドの事務所を出た後は、更衣室でメモを残した事実があり、再び事務所に戻った記述がある。
中でどんなやり取りがあったかの詳細はないが、翌日には警察の鑑識と尋問が行われたことによって殺人があったことが匂わされる。
この件でだけ、ソフィーは失神や昏倒をしてないのだ。
「ヴェロニックとダヴィッドを同じ方法で殺したのか思い出せない」とあるが、ヴェロニックについてだけ記憶がなかったとしてもこういう書き方になるだろう。
後に言及される部分がないので、実際は否定されるのだが、読者がもしや?と不穏な空気を感じ取る余地を残してもよかったのでは。
一人くらい殺しておいた方が、結末に凄みも出たし、彼女の選択も納得がいったのではないだろうか。
プロフィール

小日向 ゆう

Author:小日向 ゆう
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