2007/08/18 (Sat) 『妊娠カレンダー』を読む 小川洋子

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妊娠カレンダー
小川 洋子 (1991/02)
文藝春秋

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『妊娠カレンダー』
 十二月二十九日(月)
 姉がM病院に行った。

わたしは両親が続けざまに病死したのち、姉と彼女の夫と3人で暮らしてきた。
姉の妊娠が発覚し、わたしたちの生活はしずかに変容していく。
つわりに苦しむ姉はやせ細り、匂いに過敏になる。
化粧品も香辛料も隠され、煮炊きができないため、必要なら庭に電磁調理器とござを持ち出さなけばならない。
精神科に通う姉の機嫌を伺いながら、わたしは生活する。
姉のつわりに釣られて気分の悪くなる義兄がとても惨めに見える。

そしてつわりは突然終わりを告げ、姉は暴力的なまでの食欲を見せる事になる。

わたしは仕事先で売り物にならなくなったグレープフルーツを貰い受け、ジャムを作る。
鍋をかき回しながらわたしの頭には学生時代に参加した会合の記憶が揺らめいた。
アメリカ産グレープフルーツの残留農薬、防かび剤PWHの人間の染色体への影響のパンフレットだ。

  『PWHは、胎児の染色体も破壊するのかしら』

わたしはみるみるうちに脂肪をまとい始めた姉に、毒にまみれたジャムを食べさせ続ける。


静かな狂気、というのとも違う。
冷静に実験し、観察しているようだ。
そこには憎しみの片鱗もなく、だからこそ寒々しい恐ろしさがある。
最後の一文には背筋がスッと寒くなった。


『ドミトリイ』
進学のため上京することになったいとこが、わたしが昔入っていた学生寮を紹介してもらえないかと云ってきた。
その寮は控えめで物静かで部屋代も安い。
寮の経営者(先生)は、両手と片足が欠損しているが身の回りのことはすべて自分でこなしてしまう、ひとり住まいの穏やかな男性だ。

いとこは無事に入寮する事ができたが、わたしの六年前の記憶と比べて明らかに寮はさびれていた。
他の入寮者の姿を見かけることもなく、ただ、花壇にはチューリップが咲き、蜜蜂が飛んでいる。

いとこの様子を見るため、手土産を持って寮を訪れるが、なぜか彼と会う事ができない。
わたしは寮の先生とお茶を飲みながら、話をする。
いとこの近況を尋ねたり、先生の“他人の身体”への執着を垣間見たり、寮がさびれてしまった理由を聞いたりする。
寮には不吉な噂があるというのだ。
ある日一人の寮生が突然消えてしまい、警察が先生に疑いを掛けたせいで、寮生は次々と出て行ってしまった。

そして何度尋ねても、わたしはいとこに会う事ができない・・・。


ミステリーのような毛色でありながら、それ以上のものがある。
おぞましい物を想像させられるのだが、予想通りに事は運ばない。
いい意味で裏切られた。


『夕暮れの給食室と雨のプール』
引っ越してきたばかりの家に雨の中、宗教勧誘員の親子が訪ねてきた。
「あなたは、難儀に苦しんでいらっしゃいませんか」
父親はこうわたしに言った。
わたしは答える事ができない。
その男とその質問とわたしとの間に、なんのつながりも見出せなかったからだ。
男はあっさりと引き、子供の手を引いて雨の中を帰っていった。

後日、偶然その親子に再会したわたしに、男は給食室への一方ならぬ執着と雨のプールとおじいさんの思い出を語る。


他の二編に比べるとさして不穏とは感じられないが、充分に怪しい登場人物である。
読み取るべきものが、私には読み取れなかった。

.ア行の作家 小川洋子 | trackback(0) | comment(0) |


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