2007/11/19 (Mon) 『戦艦武蔵』を読む 吉村 昭

戦艦武蔵 (新潮文庫)戦艦武蔵 (新潮文庫)
(2000)
吉村 昭

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導入部が上手い。まずは九州の漁業界に起きた変異について語ってみせるのだ。
漁具に使用する、それまでならありふれた植物であった棕櫚がいつの間にか忽然と市場から消えた。
どうも多くの集荷商人たちが相場以上の金額を示して、棕櫚を買いあさっていったというのだ。
被害は九州だけでなく四国にも及んだ。
価格吊上げを狙う悪質な大量買占めと判断した漁業業者の訴えを受け、中央官庁は、買い占められた棕櫚の経路を辿るのだが、すでに荷物はどこの所属とも分からぬトラックで持ち去られた後だった。
ミステリアスなエピソードである。

場面は変わり、長崎造船所内で密やかに進行する新艦建造に関ることになった人たちの姿が描かれる。
ごく少数の技師や工員が、詳細は知らされぬまま他言無用の宣誓をさせられ、呉の海軍工廠に派遣される。
そして造船所の中枢部の者たちも、想像を超える、ただひたすら巨大な戦艦の姿を予感させられながら、一切の質問に回答を得られず、苛立ちを感じずにいられなかった。

やがて海軍艦政本部からの指令が下る。
それは建造中の艦の様子が外からは窺えないようにしろ、というものだった。
長崎港は山に囲まれている。稲佐山、金毘羅山、風頭山。
そのうえすり鉢の底のような所に位置している。
建造作業を行うガントリークレーンを覆うには幅40メートル、長さ270メートル、高さ36メートルが必要だ。
トタンでは台風に耐えられない、竹では重過ぎる、藁縄では溶接作業での際、火花が燃え移る恐れがある。
そこで考え出されたのが、棕櫚繊維だった。
すべての条件を満たす棕櫚繊維、このとき用意されたのは500トンとされている。
さて、このように膨大な量の資材を買い占めているという事は、さぞかし予算も潤沢なのであろうと思っていた。
何しろ国家事業である。
ところが海軍は国会や大蔵省さえも欺いていたのだ。
正確な予算を請求してしまうと艦の規模がいかに大きいのかが悟られてしまう。
それを鑑みて、実際よりは小さい艦を建造するものとして、不足分は航空母艦、駆逐艦、潜水艦などをつくることで補うという工作をしていた。
軍機に関るという事はこれほどのものなのか。
また長崎警察署に集った特高係60名ほどが、支那人街に踏み込み、家宅捜査、ひいては成人男性の連行、そして2ヶ月に及ぶ執拗な尋問・拷問を行ったそうだ。
その過酷な取調べにより、一人の老人が亡くなった。
この巨艦建造において、その機密保持は、滑稽なほど徹底されていた。

しかしどれだけ建造中の姿を隠したところで、進水させるにはこれまで艦を覆い隠してきた第二船台の棕櫚スダレから、どうしてもその姿を現すことになる。
よって進水式が行われる当日、市民や外国人の目から艦を守るために検討が重ねられる。
結果、まず防空演習と偽って住民の外出を禁じる。
殊に海岸沿いに軒を並べる家々には雨戸を立てさせ、窓にもカーテンを引くことを厳命し、一戸当たり数名の警戒隊員を配置させた。
外交関係に問題があって、行動を制限できない外国人には、進水の定刻を狙って、一斉に警官が家族調査と称して家を訪問させる。
動員された警戒隊員は1800名に及ぶ。

その後、艤装工事(船体に砲塔などの装備を組み込んだり、電気系統や機関部の工事を行う)のため、第二船台を出た艦は向島岸壁に繋留される。
もちろん棕櫚スダレは提げられたままで容易にその外観を窺い知ることはできないが、地肌がむき出しの崖を背景にすると艦のシルエットが浮き上がって見えてしまう。
慎重を期すため、岸壁の色を船体と同じ鼠色に塗ってしまうあたりが凄い。

艦の巨大さと区画の複雑さにより、艦内で迷子になる工員も出た。
乗艦することになる兵にしても同じことで、とにかく艦内部を把握させるために、朝、弁当持参で艦に入り、区画ごとに控えている下士官に判をもらいながら巡り、夕方やっと出てくるというオリエンテーリングのようなことも行われたそうだ。

当時の日本海軍の砲撃技術は格段に高いもので、砲弾命中率は10%を確実に上回るものだったという記述がある。
たった10%か!と思ってしまうのだが、第一次大戦時のドイツ艦の砲弾命中率は5%、イギリス艦の命中率は3%というのだから、その差は歴然としている。
しかし一方では巨艦巨砲主義に反して航空兵力の優位性が認識され始めており、呉工廠で建設中だった第四号艦はひそかに解体され、また横須賀で建造中だった第三号艦は航空母艦に改造が決まった。
この歴史に残る巨艦の双子はまさに戦争技術の端境期に産まれたのだ。

もしも著者が武蔵賛歌のようなスタンスで書いていたなら、私はこれを好まなかっただろう。
吉村氏はただ冷静に、後に砕け散る運命となる艦に必死で取り付く人々の姿を書いてみせた。
彼がこれを書いたのは、戦争という熱狂を維持したもの正体を、人々の中に見出そうとしたからではないだろうか。

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2006/08/23 (Wed) 『羆嵐』 吉村 昭

羆嵐 羆嵐
吉村 昭 (1982/11)
新潮社

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第一次世界大戦のさなか、北海道の開拓地で暮らす入植者達を襲った惨劇を、事実に基づいて書かれたドキュメンタリー作品。

痩せた土地を耕し、なんとか土地に根付こうとする開拓者の小さな村に現れたのは巨大な羆。
クマは留守を守っていた母子を始めとして、次々に人を襲い、喰らう。
村の男達は最初、自力でクマに立ち向かおうとするのだが、彼らの銃も、銃の腕前も所詮は百姓のもの。
果たしてクマの前では無力だった。

村人は警察を頼みにするも、そもそも野生のクマに対するとき、どれだけ人数をかき集めたところで、その脅威に打ち克つ術はないに等しい。
山に入る、それは完全にヒトの生存域を離れ、異界に踏み込むのと同義なのだ。
まっとうな精神力ではクマに挑むことは不可能だ。
そして一人の老いたクマ撃ちが召喚されることとなる・・・



[星つけろってか]
  女子供、年寄りが村を捨て避難するさま、それを見た他の村落の
  人々が不安を煽られ、後に続こうとするさま。
  怖かったなぁ〜
  森や山を畏れる心、それは本来ヒトという動物が持っている本能の
  はず。
  それが呼び覚まされた感じだった。
  赤川次郎の『夜』を髣髴とさせる。(パクリなんじゃないの
  そして何故か吉村萬壱の『爆裂地区』も。
  抗いようのない恐怖に追われて、群れを成して逃げる人間の姿が
  ダブるせいだろう

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